私になりたい

一人暮らしメンヘラアラサーは無職に逆戻り

居場所があってよかった

イベントへ行った。
人との会話に飢えているので、会話が楽しかった。
私が無職であっても関係なくここに存在することを許されてると思えた。
仲間がいる、と思えた。

私はすぐ居場所をぶち壊してしまう。
私を知られて、嫌われていくともうここにはいれないと思ってしまう。

居場所なんてまた作ればいいと思っていた。
人との関係を切る度、世界の再構築だと思っていた。

歳を取り、世界の再構築も楽ではなくなってきていた。
人は友達より、家族優先になっていくし、お互いを深く踏み込むこともしなくなる。
ましてやこんな問題児と、どうして仲良くなろうと思おうか。

私も変わって、私を取り巻く世界も変わった。
世界は私に優しくなくなった。

ソファに沈んで、考える。
何が、いけなかったのか。
私は、どうすればよかったのか。

今も嫌で嫌で仕方ないと思っている関係がある。
嫌で嫌で仕方ないくせに、その関係が切れるのはこわい。
依存している。
みっともない。
そう、私は何か(特に人や人間関係)に依存することをみっともないと思っている。
もっと博愛主義者で、淡白でドライな人間になりたかった。
孤独を愛して、一人遊びが上手くて、もの作りに没頭できるような、そんな人間になりたかった。

依存することをみっともないと思っていて、実はそれは自分で、そんな自分が嫌いで受け入れられなくて、嫌いで、惨めに思えて、だから人との繋がりを切ってしまうのかもしれない。
世界がなくなれば、依存心もなくなるから。


イベントでの関係は当たり障りがない。
自分の深いところまでさらけ出す必要がない。
だからまだ、私はこの世界に存在出来る。
いつのまにか長年かけて構築されていた世界は、私に優しかった。
居場所があってよかった。