夏前くらいから漠然と海に行きたいと思っていた。駅から静かな商店街を抜けて、潮風が流れてくる道の向こうに広がっている青が見えた。トンネルを抜けた先の海岸は、わたしの生きる灰色の世界とは別世界だった。
白い砂浜で貝殻を拾ったり、膝まで海に浸るくらいの場所をひたすら歩いたり、スナック菓子を奪い合うカラスを見つめていたりしていた。
そのあとは、ずっと海を見て、好きな音楽と波の音を同時に聴いていた。海から目が離せなかった。いつもならスマホをみてしまうのに、引いて寄せる波と、レースみたいな波の白さと動きに心が緩んでいった。
失恋したら海にいくなんて、考えが昭和だろうか。海が好きなのに、海は遠いと思い込んでいて、ひとりで海に行くことなんて難しいと思っていた。
実際は2時間も掛からずに来れたし、ひとりで海に来れたし、なんの問題もなかった。
本当にわたしには、「出来ない」という思い込みが多すぎて、これを壊していきたいと思った。
わたしは自由なはずなのに、色々なものにがんじがらめにされている。
満潮が近く、レジャーシートまで波が来て、容赦なく水浸しにされた。もう帰りなさいと言われているようだった。天気予報ではそろそろ雨が降ると言っていて、怪しい雲行きだった。
それでも夕日が落ちる海が綺麗で、また近いうちに来ようと思った。日常と現実に染まりすぎて、死にたくなったら、海へ来よう。
帰りは一番端っこの席で電車に揺られ、まどろみのなかで眠りについた。昔家族で行った海なんて茶色いし、泳げば砂まみれになるし、髪がぱさぱさになるし日焼けは痛いし、何が楽しいのかさっぱりわからなかった。初めてちゃんと海の楽しみ方を知った。今まで行った海のなかでいちばん癒やされた海だった。